SNSでの戦いはいまだに続いているのですが、私自身今更勉強になりまして、補足を行います。
もっとも趣旨は一緒なのですが、掛算の順序性に対する明確化になります。
前もって結論的なことを書きますと、順序の無い掛算というのは、集合論を用いれば可能ということになります。
一方で、ペアノの公理(要は累加を使った定義)だと一見順序が現れます。
このペアノの公理からの掛算の順序性は意味がない(単なる表記上の話であり本質的でなく無視してよい)つまり順序がないとしてよいという話になります。
この点を改めて考えますが、2つの方向性があります。
1つは演算が持つ「抽象化」でもう一つは「論理構造」です。
抽象化
例えばですが、貴方は 7 x 5 を計算するときに
7 + 7 + 7 + 7 + 7
と計算するでしょうか?
35
と計算しますよね。これは九九を知っているからだと反論されそうですが、定義はどうあれ、我々はもはや掛算を足算(累加)では計算しないでしょう。
これは抽象化の一種で、掛算というものを導入する意義です。
様々なことを掛算で計算できるので掛算で出来ることは最早足算を使う必要がないということです。これは
5 x 7 や 7 x 5 の計算順序の違いや内部ロジックがどのようになっているかは気にしないということです。
論理構造
もう一つは計算順序の違いからくる理論構造の違いについてです。
これが私が示した1への還元(1をa回加えたものをb回加える。AIが命名)の補足になります。
以前の記事では、言葉尻とも思えるツッコミが入り、はっきりと読み取れなかったようですので改めて説明します。例えば、3x4の場合、以下の2通りの計算経路が存在します。
(1+1+1) + (1+1+1) + (1+1+1) + (1+1+1) (3を4回)
または
(1+1+1+1) + (1+1+1+1) + (1+1+1+1) (4を3回)
ですが、ここで(カッコ)をとると(結合法則により()が取れる)
1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1
1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1
と、どちらも全く同じ式になります。つまり確かに一部計算順序の違いによる構造の違いはあるが、1への還元(平坦化)をすれば全く同じ形式に帰着する。したがって掛け算の結果や還元後の構造は同質であるといえます。
それでも、「3を4回と4を3回とすると出発点は違う」という主張があるかと思います。さてここで
3 x 4
と記述したときに、3を4回なのか4を3回なのか見分けは付くでしょうか?
3を4回というでしょうがこれは決まり事であり全ての人がそのように計算を実行する保証はありません。
例えば英語では、3 groups of 4(4が3グループ)と表現することがあるが、日本とは逆になります。
つまり、一見経路は異なりますが、実はこの違いは区別ができないし、さらに結果として同じ構造に行きつきます。これはどういうことでしょうか?
結論
掛算をはじめから順序を持たせないで定義することができるでしょうか?
数学的なテクニックはAIに任せるとして集合論を用いればそのような定義が可能ということになります。
ツッコむ人のために補足すると、直積集合の要素には順序があるが、その濃度(要素数)を自然数の積として考える限り、その要素の順序は掛算における因数(乗数、被乗数ですが最早このようには言わない)の順序には影響しない、ということです。
一方で、これまで見てきたとおり、累加(ペアノの公理)では、順序があるが無視できるということです。
つまり、以下のようなことが言えます。
掛算には順序はない。あっても無視できる。