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大学だけが人生でない

タイトルの言葉は私が高校生の時にクラス担任の先生から言われたことです。今となっては彼のいうことは間違っていなかったと思いますが、今から37年程前は勇気のいる言葉でした。
入学後に、テレアポの電話がかかってきて適当に流していたら『倍率7倍なんてすごいですね』と言われて自分の大学の倍率を知りました。ちなみに受かった理由は「運が良かった」で大学名は敢えて出しません。
その3年後になりますが、大学を辞めるときに当時のクラスメートから言われたことは「お前の人生終わるぞ」で、当時の一般的な感覚を示しています。まぁ、今となっては思い出の1つです。
やめた理由は、ここの「3.大学教育について」に書いてあるので、繰り返しませんが、私から見れば今の大学が置かれた状況を見ると「そうだろうな」という印象です。


あれから私も還暦を控えた身になりますが、少子化の影響で大学全入時代を迎え「Fラン大学」、「Fラン行くなら高卒」という言葉が出てきて隔世の感があります。
正直、大学に行くか行かないかは本人たちに任せればよいかと思いますし、Fラン大学が潰れようが残ろうが「それは社会(学生)からの選択の結果だろう」と思います。


強いて学生の方に補足すると、大学を出ていきなり数百万の借金(奨学金を含む)を背負うのはリスクがあるので、特にFラン大学へ借金してまで入学するのは個人的にはお勧めしないということと、今はSNSの時代なので、大学関係者の書き込みを見て、受験の判断をしてもよいかと思います。


今の奨学金は「教育のための支援」ではなく、実質的には「将来の収入を前提とした借金」


あくまでも私の記憶ですが、奨学金って月に5万円程度しか借りられなく、あくまでも補助的なものでした。当時の多くの学生は無利子または低利息だったこともあり、小遣いを借りるという感覚だったかと思います。4年フルに借りても総額で240万円程度で、これなら車のローン程度になるかと思います。もちろん当時の経済状況(好景気)もあり決して返せない金額ではありません。
一方で今はもっと借りることができるようで、卒業後300万円とか400万円、多い人だと600万円を超える借金を背負うことになります。例えば消費者金融から借りるには年収の1/3という規制があるのですが、下手をすると年収以上の金額を借りることになります。
もちろん、奨学金と消費者金融では利息が違うので一概にNGとは言えませんが、それでも卒業後、キチンとしたところに勤められなければ借金が重荷になるでしょう。「結婚相手が奨学金を借りているので躊躇している」、「奨学金も借金」というSNSの書き込みも目にし、奨学金の負担が1つの社会問題になっているかと思っています。


社会のことを充分に理解していない学生に対して、経済状況を踏まえると返済できるかどうか分からない借金を背負わせるこのシステムには、問題があると言わざるを得ません。
高校生の方は『Fラン大学で奨学金を借りるということはリスクがある』ということは理解しておいた方がよいかと思います。


借金をさせてまで維持する価値が、今の大学組織にあるのか


この記事の発端ですが、ある大学関係者の方の書き込みですが、特定して批判するのはあまりよくないかと思いますので濁しますと、


批判者:Fラン大学に行くなら高卒でよい
ある大学関係者:「大学は学問をやる場所(だからFラン大学は不要)」=大学に対する解像度が低い


というコメントで、率直な意見を言うと「そんな認識でFラン大学を擁護しているのなら、そういう大学は要らないだろう」ということです。
ざっくり今の状況をいうと、「学生の数が減って大学が過剰になっている」ということで、処方箋としては「大学の数を減らす」というのが、まず第一に考えるべき点でしょう。
つまり、大学もリストラを受ける時代になったということで、これについては受け入れるというのが一つの回答になります。


ここで、Fラン大学の社会的な存在意義を唱えるのなら、


「大学は学問をやる場所(だからFラン大学は不要)」=大学に対する解像度が低い


こういう風に批判者を批判するのではなく、キチンと、そのFラン大学の存在価値を示せばよいのです。まさに説明能力こそが高等教育の証ではないのか?と思います。
それを高等教育を行うものがステレオタイプ的(反射的)に批判者を批判すれば「あーこういう説明能力のない人が大学やっているのなら無くてもいいかな」と思ってしまいます。


ITエンジニアでしたら、コミュニケーション能力が求められます。例えば客から問題点を指摘されたときに「お前の意見の解像度は低い」と言えばそういうエンジニアは退場させられるでしょう。
通訳案内士にしても同じです。


ある程度ランクの高い職業や専門職(ITエンジニアもそうですし通訳案内士もそういう面はありますが)の方は議論になると相手が無知ということで論争に勝とうとする面がありますが、ここで問われているのは説明責任でしょう。


日本経済の30年にわたる停滞を踏まえると、高等教育が十分に機能してきたのかという点について、考えさせられる書き込みとも言えます。


この方のSNSを見たのですが、既に学部単位ではリストが始まっており「死活問題」と言っているのですが、これはあくまでも大学(教員・関係者)の立場からの意見であり、この方の大学もいわゆるFランで本人にとっても死活問題なのでしょう。もっともリストラというのは日本のビジネスパーソンにとっては避けて通れないので頑張っていただくしかないでしょう。


私としては、不要な大学は淘汰されて、無理をして借金をしてまで大学にいくより、高卒でもキチンと仕事ができる環境の方がより良いかとは思います。今の私の年代(還暦近く)の人の半数未満は高卒です。私は放送大学を卒業しており、働き出してからでもやる気があれば大卒の資格は取れるのでそういう努力が報われる社会になれば良いかと思います。


改めて「あの時は、大学をやめて正解だった」と個人としては思う日だった。

2026-05-03 | コメント:0件
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