面白いnoteの記事を見つけました。
未経験でSES会社に入社したらスキルシートで経歴詐称されて会社都合退職した話
先ず、私としてはこの記事にいちゃもんをつけようという意図はなく、書いてあることはその通りなので、むしろ「もっと世間に広めないと」ということでリンクを張ります。
私が驚いたのは、一見するとITとは関係ない職種である夜職を10年やっていたIT未経験の方が、曲がりなりにも会社に採用されたことです。
ここ5年くらいでしょうか?「未経験者でも出来る!」みたいな感じで、転職サイトやらスクールやらが雨後の筍のように出てきます。こういう記事で警鐘を鳴らしたりしていましたが、昔はある程度自分で勉強した人がこの業界にチャレンジしていたような気がします。
長年この業界にいる人間からしたら「未経験者で出来るわけないだろ」と思いますし、IT業界は昔からブラックと言われていましたが、SNS時代に入りさらに悪い方向にいっているんだろうなと実感されるところにあります。
記事をよく読んでいくと当の会社ですが(異論はあるでしょうが)そこまで悪徳ではないかと思います。一応、事前にテストをしてさらに2か月研修をした上での、SES(経歴詐称)ということですが、これはよくある会社となります。
経歴詐称は良くないことではありますが、そもそもなぜこういう商習慣が成立するのでしょうか?
一番の理由は、「こういう条件でもプログラマーとして何とかやっている人がいる」ということにつきます。
ポイントは、2か月みっちりやれば、出来る人は最低限のプログラミングが出来るようになるということです。私の他の記事を見た方は「5,000時間勉強が必要なのではないのか?」と思われるでしょう。その記事にも書いていますが、私がBASICを出来るようになったのは3か月(概ね100時間)です。その後、プロになるのに「5,000時間以上」勉強したということになります。
会社に入って2か月ということは約300時間程度勉強したということですので、(プロになれるかどうかは別として)最低限のプログラミングは、(人によっては)出来るようになっているということです。
どのくらいの割合の人間が300時間で最低限のプログラミングができるかどうかは客観的なデータは持っていませんが、今までの経験上、体感では2割ぐらいは出来るようになった記憶があります。ちなみに、過去に私が勤めたわりときっちりとした会社は、大学卒業(新卒)で、おおよそ3か月ぐらい研修します。そして大体5割ぐらいはプログラミングが出来るようになっていました。
明確な根拠があるわけではないですが、要するに、概ね2,3カ月研修をすれば、2割くらいの人間は、最低限SESとして送り込めるようになるということになります。また、ちゃんとした企業でも正社員で入った新卒の半分はプログラミングが出来なかったケースがありました。ちなみにこの半分のプログラミングができない人達がプログラミングが出来るようになったかというと残念ですがあまりいなかったかと記憶しています。このように正社員で雇ってもプログラミングが出来ない場合、ほぼその会社のお荷物になるという実態があります。
2,3か月で最低限のプログラミングが出来ない場合、この人達がプログラミングが出来るようになるかというと難しいものがあります。「向いていなくても5,000時間やればプログラミングが出来るようになると言っていたのではないか?」とご批判がきそうです。一番大きな要因ですが、「本人のやる気」があります。言葉を変えると「馬を水飲み場に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」というイギリスのことわざに尽きます。そして大体、会社に入って最初の2,3カ月で「最低限の適性と本人のやる気」を確かめているということが言えます。
もちろんですが、やる気があっても3か月では無理という人もいます。そういう人は「規格外」ということなのでしょうが、SES会社ではそういう判断を「受け入れ先の企業」に委ねるでしょう。つまり出来ない場合でもSESとして就業させられることになります。
これは、SESの受け入れ企業が「経験者」しか受け入れないことが大きいかとおもいます。もちろん探せば「未経験OK」というのもあるかと思いますが、そもそも未経験者OKの会社がSESを頼むはずもないでしょう。
SESというのはいわゆる準委任契約ということで、請負契約と異なり「完成保証がない」契約となります。つまり出来なくても契約違反とならないということもあります。で、実態としてですが、結構な割合で、完成しなかったりします。実は「末端のプログラマに完成保証を行わせる」のは現実的でない。完成保証させるには仕様を確定させなければならない等それはそれで厄介だったり、あまり大きな声では言えないがそもそも完成させる必要がないもの(例えばデモの開発とか)もあります。そうすると「未経験者でも良いのか?」という風になりますが、「完成保証」はしなくても「作業した人間自体はプロフェッショナルが行った」というのが発注者側の論理となるでしょう。
一方で、誰でも最初は未経験者で、かつ最低限のプログラミングが出来る、つまりSESでの就業も実質可能ということであれば、ということで「嘘も方便」ということで経歴作業が行われます。また、実際にここからきちんと成果を上げるプログラマもいらっしゃるかと思います。そういう人は「嘘から出た真」と言えるかもしれません。また、完成しなくても「未経験者」ということがばれにくいということもあります。
話がややこしくなったかと思いますが、要するに例えば夜職の場合、お客に夢を語ったこともあったかと思います。たとえ夢が実現しなくても、それに対していちいち「嘘つき」という方がおかしい、というのが還暦を控えたおじさんの意見になりますが、一方で「いただき女子」のようなことをするとダメですよということかと思います。
政府は、DXと言ってデジタル化を推進しますと言いながら、このような業界のタブーについて触れないだけでなく、逆に推進するようなことをしています。本気でデジタル化を考えるのなら、このように人材を粗製乱造するのではなく、しっかりと地に足がついたキャリアパスを業界全体で考え、政府が後押しするようにしなければならないかと思います。
そもそも「経験者はSES会社に入らない」ということが言えます。私ですが、SES会社に行こうとも思いません。強いて言えばユーザ企業に直接売り込みを掛けるでしょうが、実は日本の大きな企業は「経験年数」以上に「見知らぬフリーランスと直接契約はしない」というのもあります。直接契約が難しいのはどちらかというと「利権」ということになりますが、このあたりがもう少し風通しが良くなると「人材不足」ということも減るかと思います。
また既にみてきたようにIT業界のSESとは「ライオンが子供を谷底へ落とすような場所」と言えるかもしれません。そうして這い上がった子供は当然ですが、親から独立します。そうすると親は別の子供を探すということになります。
それ以外の未経験が採用される理由ですが、「ルッキズム」ということもあるかもしれません。あまりこれ以上踏み込むと炎上するかもしれませんが、ご自身がルッキズムで採用されたかもといういうのは知っておいても損ではないかもしれません。私が担当したプロジェクトのメンバーにそういう人がいましたが、あまりプレッシャーを与えるようなタスクは割り振らなかった(サポート業務を任せた)経験があります。
プログラマではんく、「メンバーの雑用」、「補助」、「テスト要員」ということで採用されることもあります。これは最初から補助やテスト要員ということではなく、「こいつはプログラムが組めなさそう」と現場のリーダーが思ったらそういう割り振りをされるかと思います。私もそういう割り振りをした経験があります。
一方で、この方の記事を読むと「働く側の矛盾」を感じます。
記事を引用しますと、
『スキルが足りなくて辞めさせられるとかそういうことなら私も悪かったと思う』と書いてありますが、少なくともご本人としては、一定のスキルは身についているという認識だったように読めます。さらに『できない仕事を「できる人」として振られるのは相当なストレスだと思う』とおっしゃっています。つまり「額面通り2,3か月のスキル」で就業したいと思っていたかもしれません。
しかしながら、一方では、この方は、『社長は面接で「経験を2〜3年に見せなければいけない」と言っていたが、それはスキル面の話だと思っていたので面食らった。』と書いていますが、この方は「経歴2,3年のスキル」をどうやったら手に入ると思ったのでしょうか?
例えば「1週間で英語が話せる」とかでしたらほとんどの人が「眉唾」だと思うかと思います。同時に、2か月の勉強では、どうやっても2年の実務スキルは獲得できません。
(ちなみに、この人は「その会社に入って2か月間の給料をもらったかと思うし加えて、解雇予告手当ももらっているということでなかなかのやり手ではあると思う)。
「IT未経験」でネットを検索すると「未経験歓迎の会社や転職サイト」と色々出てきますが、実態としては経歴詐称を行うSESが多いということで、「まったくの未経験者がIT業界に就業できるほど甘くはない」ということは働く人も覚えておいた方が良いかと思います。
別の記事では、「AIを使って学習すればよい」と書いていましたが、「未経験者が就業目的で勉強をする」ということを少し真面目に考えてみます。
私の中では「5,000時間勉強しろ」ということなのですが、それではあまりにも漠然としていますので、就業までのステップごとに見ていきます。
もちろん、各ステップで、躓いたらAIを用いて補習をすればよいということになります。
Step1 基本情報技術者試験の合格
経験がないとなると資格を取得するのが策の1つになるかと思います。
さらに、プログラマーとして就業を目指すなら、最初に
基本情報処理技術者試験の科目Bの攻略
が優先されるかと思います。
たとえば300時間勉強すれば、基本情報の午後の試験は解けるようになるかと思いますし、300時間勉強しても解けなければ「向いていない」と判断しても良いかもしれません。
試しに一回問題を読んでみることをお勧めします。
例えばですが、令和5年の基本情報技術者試験の科目Bのリンクを掲載します(時間が経つとリンク切れになるかもしれません)。
正解はこちらです。
Step2 通信大学に通う
放送大学やサイバー大学などがあります。これらは安価で学習内容も最低限のクオリティは保証されているかと思います。
私は放送大学を卒業しましたので、放送大学について説明します。
放送大学の情報コース
ちなみに私は、目的が違いますが、放送大学に3年次で編入し卒業しました。例えば大卒や中途退学等の方は単位が認定されるので、卒業を目指すなら3年次編入を行い情報系の単位を取得して卒業を目指すということもできます。卒業までの費用はHPによると77万円とあります。3年次編入をすれば費用は大雑把にいうと半額近くになるでしょう。多くのプライベートのプログラミングスクールがほぼ同程度の数十万円になっていますので、どうせやるなら学位の資格をとった方が励みになるでしょう。
「大学を卒業したからどうやねん」という話もあるのですが、資格をとったり大学を卒業したりするということは「計画的に物事を進めることができる」ということでその点をアピールすれば、経歴詐称を行うSES企業ではなく、いわゆるクライアント企業への就業も目指せるかと思います。
また、アメリカの企業は本来、プログラマーで採用するにしても「コンピュータサイエンスの学位」を求めています。これはいわゆる基礎学力を求めていることになります。私のこの記事では大学教育について批判していますが、そうはいっても改めてシラバスをみると現在受講する方にとっての理想を追求しているかと思います。
(強いて、僭越ながらダメ出しを行うとすれば「OS」と「プログラミング言語処理(コンパイラの作成)」とかはあった方が面白いかとは思います)
また、就業に際してですが、中途採用ということになりますとどうしてもハードルが上がるかと思いますが、「門前払いを食らう=SES企業」と考えて大丈夫かと思いますし、自社開発を行っている人材不足の企業にとっては「未経験者でも実力のある人」は歓迎するでしょう。
Step3 アルバイトを目指す
既に書きましたが、企業がなぜ「プログラマ」を正社員として入れたがらないか?「SESが跋扈するのか?」というと「プログラマとして雇い、プログラミングが出来ないと分かっても、安易に首が切れない」というのがあります。試用期間があるのでちゃんとしている会社はそこで判断をするでしょうが、「この人はプログラミングが出来ない」という判断をするのも日本の雇用慣行に馴染まないということが言えます。
一方で、アルバイトなら比較的楽に就業が出来るかと思います。私も大学生の頃、ゲーム会社や計測ソフトを作成している会社にアルバイトでプログラミングを行っていました。雇用者、被雇用者、両方にとって気が楽な面があります。
「未経験がIT企業に就職できる」広告として氾濫していますが、例えば転職サイトなどは「転職者のその後」をどこまでケアしているか怪しいですし、未経験=スキルなしでもOKということではないです。
この話も嘘ではなく、むしろ「給料が出ているのかどうか不明ですが2か月間研修する」というのはむしろちゃんとしている方の会社になります。
経歴詐称はダメでしょうが、逆に「うちは経歴詐称はしません」と言われても、真の悪徳企業はそれを回避するでしょう。
また、今の多くの企業が実態として「法的にグレーな行為」を行っている面を鑑みると、個別の企業の問題ではなく、日本での働くことの問題としてとらえた方がよいかと思います。
ITエンジニアと名乗る人でも、プログラミングが出来る人と出来ない人がいます。これは「適性(向いている向いていない)」もありますが同時に「本人がどれだけプログラマーになりたいかという意欲(熱望)」もあります。「適性がない=プログラミングが出来ない」というよりも実際は「あきらめる」ということが多いです。
また、現場でのプログラミングは思った以上にプレッシャーが掛かります。リンクの方もそれが分かったので辞めたということもあるでしょう。
中長期的な就業を考えるとSESというのはお勧めは出来ないので、きちんと勉強して資格や学位を習得すれば必要以上の寄り道をしなくてもよいかと思います。
基礎がしっかりとしていれば時代が変わっても、AIが台頭しても、その変化についていくことも出来るようになるでしょう。
実に8年ぶりの記事になるのですが、「自動詞と他動詞を考え直す」の続きになります。
ちなみに、この記事は『AIとの共作』になります。文章は私のものですが、特に『I bought yesterday』が持つ感覚について『どう説明しようか?』と思って放置していたのですが、AIの校正により明確な文章にできました。
Part1の記事では、私は『文法上、自動詞と他動詞を区別する意味はあまりない』と言っていますが、これは少し危険で、なぜ一部のネイティブが「I wish」に違和感を持つか?(wishは他動詞)という話になります。例えば、
主語 動詞
という文があった場合、日本人は『文章として成立している』と思いがちですが、ネイティブはどうも『目的語はどうなっている?』と無意識に考えているようです。そして、日本人にとっては(よくわからん理由で)
I go.
は文として成立し
I wish
は、文法的な正しさはおいておいて、文として成立しない。つまり、目的語として、何を望んでいるのか?が明確でないということになります。
ここまででしたら前回の記事の焼き直しになるのですが、日本人にとっての目的語の扱いの難しさは以下の文の解釈になります。
This is the book I bought yesterday.
ここの the も良く議論になるのですが、それは置いておいて、問題はここでの bought(buyの過去形)は『自動詞なのか?他動詞なのか?』になります。
そして見た目の形
I bought yesterday
とは裏腹にここでのboughtは他動詞になります。
上記の文章は、学校では、『関係代名詞』として習います。つまり、
This is the book. I bought it yesterday.
↓
This is the book. I bought that yesterday.
↓
This is the book that I bought yesterday.
↓
This is the book I bought yesterday.
という流れで解釈しがちですが、そもそもネイティブにとっては、上記のようなややこしい変換をしておらず、
I bought yesterday
は、何を買ったか省略されている。不完全な文であり、I bought what yesterday という感覚になっているようです。
さて、さらにややこしいのは、
I bought yesterday.
は完全な文でもあり、この意味では『昨日買い物したことを言いたい』ということで通用するようです。
まったくもって困った話で、I bought yesterdayは文として成立することもあれば、そうでないこともあることになりますが、ここで重要なのは、bought を自動詞か他動詞かに分類した上で文章を解釈することではなく、「目的語を要求する感覚が文脈によって立ち上がったり消えたりする」という点です。
これが、私にとっての英語学習の最大の壁でした。ここではあえてピリオドの有無で区別していますが、I bought yesterdayは、目的語が省略されている(文章の修飾を行っている)場合もあれば、単に目的語の無い文として使う場合もあり、ネイティブは感覚的に使い分けを行っているようです。
(当然ですが、個人個人によって感覚は微妙に異なることになります。特に重箱の隅をつつくような話になるとPart1で言ったように『I wishは自動詞でも使われる』という反論が成立したりします。)
つまり、このあたりの解釈は、文脈(つまり他の文等の関係)だったり、動詞の使われ方だったりするのですが、明確に決まっているわけではなくある種の集合知として整理されているわけです。つまり言語がもつある種の不合理(使っている人には当たり前なのだが説明ができない部分)を如実に表していることになります。
自然言語というのは慣習的に覚える側面があり日本語の場合”は”と”が”の使い分けだったり、数を数えるのに、「いっぽん」、「にほん」、「さんぼん」と「ぽ」、「ほ」、「ぼ」の使い分けの理屈だったりするのですが、これらは明確な基準がなく(数で勝負)のところがあります。
最近のLLMで翻訳ができるようになったのは『個々の単語の分類』だけにとどまらずに『膨大な文脈からの言語の再構成』が自然言語学習の王道ということを示唆しています。
ここで、冒頭の話に戻るのですが、『文法上、自動詞と他動詞を区別する意味はあまりない』といったのは実は『文脈や伝えたい意図によって、動詞は目的語を伴うか伴わないか分かれたり、自動詞のみで使ったり、他動詞のみで使ったりする。重要なのは分類ではなく文脈を読み取って適切に構文を読み取る能力。』ということが言えます。
社会保障制度改革へ「国民会議」新設の方針…政府と与野党で「給付付き税額控除」議論、来月にも初会合
いよいよ「給付付き税額控除」について動き出したということですが、最初に私の立場を明確にしたいですが「給付付き税額控除」は賛成ではあります。
一方で、Yahooのコメントを見る限り「給付付き税額控除」はあまり人気がないらしい。これは大きな意味でのベーシックインカムで、私が知る限りここ15年ぐらい議論があり、確かに当時も「モラルハザードが起こり人が働かなくなる」と批判されていた。
社会保障を所得の再分配ということと定義すると、経済的に「恩恵を受ける層」と「負担をする層」に分かれるかと思います。
具体的には、年金だけでなく、日本の終身雇用もある意味社会保障の一端を担ってきたかと思います。つまり若いときに負担をして年齢が上がる度に恩恵を受ける仕組みである。そして定年を迎えたら年金をもらうというある意味『うまくできた制度?』といえなくもない。
ここまでならハッピーなのですが、問題はこれらの制度は必ずしも持続可能ではなく調整が必要なところかと思います。
年金で言えば、主に少子化により制度疲労(負担する人が減った)が起こり、「これでは収支がもたん」ということで今から20年程前に制度改革があり「負担」がおおむね倍になった。これは最近クローズアップされましたが、制度改革以降、年々少しずつ負担が増え、負担が倍になったのは10年程前になったかと記憶しています。
雇用慣行(終身雇用)で言えば、バブル崩壊後の経済停滞により、非正規雇用が増えこれらの人々の給料が抑えられた為、つまり恩恵にあずかれる人が減った為に、終身雇用が社会保障として機能不全を起こしているということになるかと思います。
そういう意味では、「給付付き税額控除」はこれらの恩恵から漏れた人を救うことになるということで期待が持てます。
しかしながら、「恩恵」と「負担」は国家としてはバランスさせないと持続可能ではないと考えますが、そういう意味では今の日本の社会保障は既に「このままでは持続可能ではない」ところにきているかと思われます。
つまり年金にしても終身雇用にしても、恩恵と負担がバランスしていないから改革があったわけで、新しい社会保障を作るのなら、恩恵と負担をどのようにバランスさせるか?という問題が出てくる。
社会保障は、余裕のある人は負担を行い、余裕のない人は恩恵をあずかれるという仕組みであるが、今の日本の状況を鑑みると『国全体が貧乏になったらどうするのか?』という話に集約されるような気がしています。
本来は、ある意味で社会制度の恩恵を受けておりかつ優秀であるはずの、エリート官僚や一流企業の正社員が『日本が向かうべき方向性』を示す(うまくかじ取りをする)べきでありますが、天下り問題や大企業の凋落振りを鑑みると、彼らがモラルハザードを起こしていると思われる点が残念である。
このように考えると、彼らにとって他人事である『給付付き税額控除』は、『年収の壁の議論(7兆円と言われた税負担が数千億円に矮小化されている)』のようにアリバイ的に実施されるというのが現実的なところかと思われる。
日本経済は、政府が定期的に経済対策を打っているにもかかわらず、長期的な低迷から抜け出せていません。
私自身、労働者としての人生を通して、その「横ばい」をずっと体感してきました。
それは、
・補助金が「現場を助ける仕組み」ではなく「組織を回すための仕事」になってしまっている
・補助金を扱う側にリスクがなく、受け取る側にだけリスクが集中している
など、使い方が「現場向きでない」ということに問題があるかと思います。
上記問題点について、過去の経験から考察したいです。
ちなみに、コロナ禍の補助金についてですが私も受給しましたし助かったことは事実であることを申し上げます。
その後、いくつか補助金の申請等を行いましたが、結果として助かった補助金は「直接的な金銭支援」になります。
現在、補助金は受け取っていませんが、コロナ禍も過去のものとなりインバウンド需要も復活したので補助金なしでも大丈夫となりました。こういう意味(補助金に頼らなくなる)でも持続化給付金や雇用調整助成金は大変助かりました。
一方で、違和感を持つ補助金もありました。
・IT関連の補助金で、半額で会計ソフトが購入できるということで買おうと思ったら、面倒な手続きをやった挙句に、会計ソフト単独では買えずに、使うかどうかもわからないサポートが付与されて、結局、ほぼ定価で買う金額提示をされた。
→もちろんキャンセルした。
・とある期間、使用目的が決まってたプロジェクト系の補助金で、イベントを行う為に利用したが、コロナ禍が長引いたので延長申請をしたら却下された。
→補助金は要りませんということで中止申請をしたところ、延長が認められるようになった。『延長すればいいんですね』と上から目線で言われたので「もう要らないです」と言ったらそれは都合が悪いらしく最後は『頼むから延長してくれ』になった。とある経済団体が事務局をやっていたが審査がずさんで閉口した。
・とある旅行系の補助金(旅行者が割引の恩恵を受ける)で、こちらもなぜか実施要項が細かく決まっており、補助金の申請の段階で『これは却下です』と言われて補助金を受け取れなかった。旅行者には割引で旅行をしているが追加の料金負担をお願いできるわけもなく、こちらが被った。ここまでならこちらの落ち度ということも理解できるが、次の旅行の時に事務局に詳細を確認したところ、『それはできない』と言われた。リスクを旅行会社が受ける補助金ってなんの為の補助金か理解に苦しむ。ちなみに事務局は各都道府県にあり大手の旅行会社からの出向で行われていた。つまり大手旅行会社への補助金かと勘ぐってしまいます。
・とある旅行系の補助金(旅行者が割引の恩恵を受ける)で、クーポン券の発送(宅急便)が間に合わず、離島まで運ぶというアルバイトをした。ちなみに数人で離島へ行ったが旅費が数十万かかったかと思うが配布したクーポン券は3冊だった。意義はあったかもしれないが宅急便なら1万円でおつりがくるクーポン券の発送をわざわざ数十万の旅費をかけてやることかと思う。これは1か所の旅費であるので全体では膨大な費用が発生したかと思う。
・ITプロジェクト等は失敗がつきものなので成果が出ないのは仕方ない面があるが、会社員時代は上司が『○○のお金をぶんどる』という意識でやっていた。後にその会社は辞めた。
という経験がありました。とくに『一部の企業に恩恵がある』や『補助金をとりに行く体質』を鑑みるに、現在の補正予算が大規模になっていく理由として合点が行きます。
つまり、補助金が「補助」ではなく、事実上の定期給付になってしまえば、事業者は自立できず、経済も回りません。
この構造そのものが、現在の日本経済の停滞を長引かせている一因ではないかと感じています。
※本稿は特定の政策や政権を支持・批判するものではなく、通訳ガイドという職業から見た地政学リスクの整理です。
先月の首相による台湾有事に関する発言をきっかけに、日本と中国の関係は急速に冷え込み、経済面にも影響が出始めているように見えます。
台湾有事への言及は、日本側としては抑止の意図があったとしても、中国側から見れば「軍事衝突も辞さない」という意思表明と受け取られている可能性があります。見方を変えれば、中国の軍事力を軽視しているようにも映りかねない発言です。
最大の問題は、「正しいことを言えば相手は従う」という発想が、政権やその支持層の一部に見られる点ではないでしょうか。
しかし古来より、国際政治において権力は武力によって担保されてきました。そして中国は核保有国です。
多くの日本人は、中国が日本に対して核兵器を使用することを現実的に想像できないかもしれません。しかし理論上は、その可能性が完全にゼロとは言えません。例えば、米軍や米国民がほとんど存在しない、あるいは少ない地域に対して小規模な核兵器を使用することで、米国に対する牽制(脅し)とするというシナリオも考えられます。
もしそれによって米軍の関与が後退すれば、中国が台湾を占領するハードルは大きく下がるでしょう。
現在の米国大統領は、ノーベル平和賞の受賞を強く意識しているとも言われています。また、米国の相対的な一強体制が揺らぐ中で、中国との直接的な軍事衝突を避けたいという思惑が米国側にある可能性も否定できません。
もちろん、「まだ勝てるうちに相手を叩く」という考え方もあり得ますが、少なくとも米国の意思は以前ほど単純ではなくなっているように見えます。(追記)2026年1月3日に、アメリカはベネゼエラで作戦を展開し、マドゥロ大統領を拘束したとのことです。『中国に台湾進攻の口実を与える』という意見と『中国をけん制している』という意見があります。
こうした状況下で、日銀が利上げを行ったにもかかわらず円安が進んだことは、海外投資家が日本を以前よりリスクの高い投資先と見始めている可能性を示しているのではないでしょうか。その「リスク」の中身には、日本経済そのものだけでなく、日本が有事当事国になり得るという地政学的リスクも含まれていると考えられます。
さらに、政府高官がオフレコで日本の核武装の必要性に言及したという報道もありました。これは、政府内部にも中国の核リスクを現実的なものとして捉えている人がいる、という見方もできます。
中国と真正面から対峙するのであれば、核武装が理論上は必要だという議論が出てくるのも理解はできます。しかし、マスコミが「非核三原則はどうしたのか」と批判するのも当然でしょう。
問題は、こうした報道が対外的にどう受け取られるかです。
中国や他国から見れば、「日本は平和主義を放棄しつつある」と映る可能性があります。さらに中国側にとっては、「日本が核武装を完了する前に叩くべきだ」という動機付けになりかねません。
このような思考が投資家の間でもリスクシナリオとして意識され始めているのではないかと感じています。
実は、円安は通訳ガイドにとっては歓迎すべき側面があります。インバウンド需要が増え、仕事の機会も広がるからです。
しかし、今後さらに地政学リスクが高まり、海外の一般の人々が「日本は危ない国だ」と感じるようになれば、それは通訳ガイドとしても、観光業全体としても大きなマイナスです。
円安そのものよりも、円安を招いている背景が何なのか。
そこを冷静に見極める必要があると感じています。
Chat GPTを使って論点整理しました。やり取りはこちらです。